その仕事は、その人にしか分かりませんでした。
長年勤めてきたベテランに、いくつかの業務を任せていました。定年が近いことは、分かっていました。それでも、知識が豊富で、任せたほうが効率がよい。つい頼ってしまっていたのです。
いざ退職されると、引き継ぎはしていたものの、分からないところが出てきます。もちろん、支障が出ないように取り組んでいます。けれども、そのぶん、余計に時間がかかっています。
経理の仕事は、放っておくと一人の担当者に寄っていきます。慣れた人がやれば速く、正確だからです。けれども、それは組織としては危うい状態です。退職のように、いなくなる時期が分かっていても、です。
一人に寄った仕事の、二つの危うさ
一人に寄った仕事には、二つの危うさがあります。
一つは、間違いに気づけないことです。作った人しか中身を知らなければ、誤りがあっても、外から見つける手段がありません。
もう一つは、その人がいないと止まることです。病気、休暇、異動、退職。締めの直前に担当者が抜ければ、決算そのものが遅れます。
前者は統制の問題、後者は事業継続、いわゆるBCPの問題です。どちらも、個人の頑張りではなく、組織のルールで手当てするものです。
ルール1:チェックを、段階に分ける
一つめのルールは、チェックを複数の段階に分けることです。
作る人、確かめる人、承認する人。少なくとも、作った本人とは別の目を通します。同じ人が見直しても、作ったときと同じ思い込みで読んでしまうからです。この点は、貸借を逆に入れていた失敗の記事にも書きました。
段階ごとに、見るところを変えることも大事です。確かめる人は、金額や科目が証憑と合っているか。承認する人は、取引そのものに意味があるか。全員が同じところを見ていては、段階を分けた意味がありません。伝票の承認で見ているところは、伝票承認の記事で書いています。
ルール2:どの仕事も、二人以上が分かる状態にする
二つめのルールは、属人化をなくすことです。
どの仕事にも、主に担当する人と、代わりができる人を決めておきます。代わりの人は、名前だけ置くのではなく、実際に年に何度かその仕事を回します。やったことのない仕事は、いざというときに手が動きません。
そのために、手順を文書に残します。どの資料を、どこから取り、何を確かめ、どこに入れるのか。手順書は、代わりの人が実際に回してみて、はじめて足りないところが見つかります。手順書の作り方は、マニュアル整備の記事にあります。
担当を定期的に入れ替えることも、属人化を防ぎます。入れ替えると、前の担当者が気づかなかった誤りが見つかることがあります。統制の面でも、効き目のあるやり方です。
ルールを厚くすると、仕事は遅くなる
ただ、ルールを厚くすれば、そのぶん手間は増えます。
チェックの段階を増やせば、承認を待つ時間が延びます。担当を入れ替えれば、慣れるまでは遅くなり、誤りも増えます。経理の人数が少ない会社ほど、全部の仕事を二人で回す余裕はありません。
だから、すべてを同じ厚さにする必要はないと考えます。金額が大きいもの、外にお金が出ていくもの、決算の数字に直結するもの。そこから先に、段階を分け、代わりの人を育てます。
チェックは、何段階あれば足りるのか
それでも、答えの出ない問いが残ります。
チェックは、何段階あれば足りるのか。二段階で見落とした誤りは、三段階なら見つかるのか。段階を増やすほど、「次の人が見るだろう」と気がゆるむことはないのか。ルールの厚さと、一人ひとりの注意の深さ。そのつり合いを、どこで取ればよいのでしょうか。
