在庫は語りかけてくる ― IFRSでやさしく考える棚卸資産
在庫は語りかけてくる ― IFRSでやさしく考える棚卸資産
決算書を手に取ったとき、棚卸資産の数字をじっくり眺めることは、意外と少ないかもしれない。売上や利益ほど目立たず、どこか「裏方」のような存在だからだ。しかしIFRSの考え方に触れると、棚卸資産は静かに、けれど確かに、企業の状態を語りかけてくる存在なのだと感じるようになる。
IFRSにおける棚卸資産の出発点は、とても素朴な問いだ。「この在庫は、ちゃんと売れて、お金に変わるだろうか」。IAS第2号が求めているのは、原価を正確に積み上げること以上に、その原価が将来回収できるかどうかを見つめる姿勢である。だからこそ、棚卸資産は取得原価と正味実現可能価額のいずれか低い額で測定される。このルールは厳しく見えるが、実は現実に目を向けるための、やさしいブレーキのようにも思える。
在庫を抱えるということは、将来の売上を期待しているということだ。ただし、その期待が裏切られることもある。売れ行きが鈍った商品、流行遅れになった製品、傷や劣化が進んだ在庫。こうしたものは、帳簿の上では「資産」として残っていても、現実には少しずつ価値を失っている。IFRSは、その事実を無理に先送りせず、評価減という形で早めに認識することを求めている。
製造業における「正常操業度」の考え方も、IFRSらしい発想だ。工場が思うように稼働していないからといって、その非効率をすべて在庫に押し付けてしまうのは、少し無理がある。IFRSは、在庫を「何でも受け止める箱」にすることを許さない。うまくいかなかった部分は、その期の費用として素直に認めよう、というメッセージがそこにはある。
一方で、IFRSは決して悲観的なだけではない。市場環境が改善し、在庫の価値が回復した場合には、評価減の戻入れも認められている。状況が良くなれば、その変化もきちんと反映しようとする姿勢は、どこか人間的ですらある。過去の判断を固定せず、今の状況を見直すことを大切にしているのだ。
開示についても同じことが言える。棚卸資産の内訳や評価減の状況を丁寧に説明することで、財務諸表は読み手にとってぐっと身近になる。在庫は経営判断の積み重ねの結果であり、その数字の裏には、事業の工夫や悩みが詰まっている。
IFRSの棚卸資産会計は、決して難しい理屈を振りかざすものではない。「この在庫は、ちゃんと役に立っているか」「現実と向き合えているか」。そんな問いを、静かに投げかけてくる存在だ。棚卸資産の数字を少しだけ丁寧に眺めてみると、決算書の景色が、ほんの少しやさしく、立体的に見えてくるかもしれない。